ブログクロス連載小説「俺と涼花」第6回

起
きた瞬間にさらさらと手のひらからこぼれ落ちる砂のように、露と消えた妹によるモーニングキャンディの幻想は、しかし瓢箪製のペニスケースが起した奇跡の性感によって、ブルーボールの切なさだけを俺の性器に残して弾けた。
 倒れる前の、演奏という名の手コキから、幻のモーニングキャンディまで、妹は短時間であまりにも俺のペニスを弄び過ぎた。勃起をしつこく長引かせると起るブルーボールは、昇ったり降りたりを繰り返して迷子になった精子たちの叫びであり、金玉のあたりがじんわりとアンニュイになるさまは、たしかにブルーボールという他なかった。哀し気に赤黒ずむ、俺のツーブルーボール(ズ)。
「んちゅっ……、ちゅっ、ちゅばっ、んっ、れる……、ちゅっ」
 プリン本体を食べきったのち、皿にへばりついたホイップクリームをせっせとスプーンで掬い、お掃除フェラよろしく丁寧に舐め取っている妹の姿が、さらに股間の疼痛を刺激した。そんなにホイップクリームが好きなのならば、俺のこの絞り袋の中で蠢くものたちも全てしごき出して、気の済むまで食み尽くせばいいではないかと思った。ものの本によるとそれは「苦い」らしいので、デザートのあとに飲むエスプレッソのように、いい口直しになるのではないかと思った。
「……ぷふぁあっ。あー、おいしかった。ごちそうさまでした」
 しかし妹はそんな俺の願望などお構いなしに、手を合わせると早々に皿を持って流しへと歩き出してしまった。ソファーに横臥する俺の目線の高さを、妹の脚の付け根が移動した。もちろんパイル地のホットパンツ姿である。サーモンピンクのホットパンツから伸びる太腿はどこまでも白く、気を抜くと魂を吸い取られそうになる。深い部分までさらけ出されたデリケートゾーンに目を凝らせば、ゆとりのある裾の間から、ショーツが覗けるのはもちろんのこと、そのショーツさえもがなにかのはずみで少しでもずれたらば、さらにその中の世界までもが容易く開けてしまいそうだ。
 そこまで考えて、はたと気がついた。そうか、だからあえてサーモンピンクのホットパンツを選んで、妹は穿いているのかもしれない。木を隠すなら森の中。サーモンピンクの中のサーモンピンクが多少見えてしまっても、サーモンピンクの外のサーモンピンクのおかげで、そう目立たない。妹はたぶん別にサーモンピンクが好きなわけではない。ただそれが自分の陰唇の色に酷似していて、保護色になるから穿いているのだ。つまりサーモンピンクのホットパンツは、希釈した妹の陰唇そのものであるといえた。
 だとすれば、俺は陰嚢こそ露出しているが、ペニスケースを纏っている。これは一部の部族にとっては正装であり、その一部の部族にとって陰嚢や肛門の問題がどう解決されているのかは知る由もないけれど、それでもとにかく正装なのらしい。それに対して妹は、希釈された陰唇を臆面もなくまろび出しているではないか。ありえない。もしかして妹は痴女なのではないか。せめて葉っぱでも着ければいいのに、隠す素振りなど一切なく、妹はサーモンピンクを俺の眼前に晒し続けているではないか。
「なんてこったよ……」
 実妹が痴女。
 衝撃の新事実に、ブルーボールの症状はますます強まった。しかしグラビアアイドルが男子に勃起されると喜ぶように、痴女である妹にとって、俺の腐肉の懊悩はむしろ望んだ展開であるはずだ。俺を勃起させるために、妹は女性器を曝け出し続けているわけだろう。いや、あるいは俺なんか関係なく、ただ自己満足のために女性器を曝け出し続けている……? しかしもしそうだとしたら甚だ迷惑な話だ。そのせいで男子が勃起してしまうことは、レイプの変型版と言っていい。
 そうだ、俺はいま、痴女妹にレイプされているのだ。もちろん直接に陰茎を擦られたり陰嚢を揉まれているわけではない。でも女の子は男子には見えないハナハナの実の能力によって、男子の陰茎を擦ったり陰嚢を揉んだりするのだと思う。だから俺はさっきからこんなにも股間が切ない。上京してしまった先輩にとうとう渡せなかったバージンくらい切ない。ああ、先輩はウチのことなんかすぐに忘れて、東京の女の人とたくさんえっちいことするんやろな……。そんな切なさで胸と股間がずきずき痛む。
 流しにたどり着いた妹は、そのまま蛇口をひねり、使った皿を洗いはじめた。俺はソファーの背もたれに顎を乗せ、その後ろ姿を眺めた。もはや寸足らずと言ってもいいホットパンツから、太ももと尻の合いの子のような部分がはみ出ている。陶器のように艶やかで、照明を反射するかのように張り詰めている。それは太ももの曲線とは明らかに違う。筋肉や骨とは無関係な、いい意味での肉と、いい意味での脂肪の、めっちゃいい膨らみ方をしている。じゃああれは尻だ。合いの子じゃなかった。尻だ。尻だ。尻なんだ。妹は尻を出して洗い物をしている。これがホントのMagicaだな、と俺は思い、そろそろと自らの手を股間へと這わした。

つづく

ブログクロス連載小説「俺と涼花」第4回

妹
の涙は少しだけ俺の両陰嚢を湿らせ、蒸発する際の気化熱でひんやりとした感触をもたらした。陰嚢を冷やすことは勃起を鎮めるために用いられる手段だが、使われたのが妹の涙ということもあり、突っつかれるようなほのかな疼痛は、またしても易々と快感へと変換され、勃起という焔へ薪をくべるのだった。俺の腐肉という原子炉はメルトダウンを起し、勃起のエネルギーが勃起のエネルギーを生み出す無限の連鎖が幕を開けようとしていた。このままではいつまでもアンダーコントロールできない。
 いっそのこといちど射精してしまおうか。
「いっそのこといちど射精してしまおうか」
 いっそのこといちど射精してしまおうか、と思ったので、そのままの文面を口に出した。腐肉を手っ取り早く小さくし、ペニスケースの音色を再び良くするためには、やはりそれが最善の策だ。
「えっ! ……お、お兄ちゃん、いまなんて言ったの?」
 俺のつぶやきに妹は目を見開いた。
「ちんぽこが大きくなって嫌な音しか出なくなったって涼花が言うから、なんとか小さくしてやりたいんだけど、このままだと昂ぶって昂ぶって埒が明かないから、いっぺんヌいて満足させて萎ませるしかないな、って」
「心の声をミスって声に出しちゃったんだと思ったのに、改めてちゃんと説明した……」
「うん。だからさ、俺、今から射精するよ。そうしたらたぶん小さくなって、涼花の出したい音が出せるようになるから。だからちょっと向うを向いててほし……って、ええぇっ? 手伝おうかって、お前それ本気で言ってんのかよ!」
「えっ? わたしなにも言ってない……」
「おっきくしちゃったのわたしだし、いい音を鳴らしたいのもわたしだし、それなのにそのための作業を一切手伝わないなんて道理に反してるから手伝うよ、ううん、お願い、手伝わせて! ……って、お前、自分がなに言ってんのか本当に分かってんのか?」
「分かんないよ! お兄ちゃん、誰と話してるの? わたしの口、動いてないよ!」
「…………」
「…………」
「……いたっ!」
「えっ?」
「痛い! やっぱ痛い! 涼花に叩かれ過ぎて、ちんぽこ腫れて、痛い! 痛い痛い痛い! まずい! これガチでまずいやつ!」
「えっ? えっ!」
「あー、まいった。詰んだ。あーあー、南無三だ。わからんちんぽこどもとっちめちんぽこだ」
「わ、わからんちんぽこどもとっちめちんぽこ?」
「とんちんかんちん、ちんぽこさん」
「……ねえ、お兄ちゃんなに言ってるの? バカなの?」
「俺はバカじゃない! 俺のちんぽこが涼花の激しくも無邪気な愛撫演奏のせいでバカになっちゃったんだろ!」
「そんな……」
「責任とってよね!」
「急にオネエ口調……」
 妹はもじもじと身を捩らせ、ペニスケースに覆われた俺の腐肉を見やった。妹の頬は赤らみ、眉間には皺が寄っている。世話するべきかどうか、悩みはじめた様子が窺えた。これはもうひと押しだと察知し、俺は下半身を妹のほうに突き出した。
 しかしそれが墓穴だった。
「……あれ? お兄ちゃん、これ」
 妹が俺の股間を指差す。
 その指はペニスケースではなく、その少し下を示していた。
「お兄ちゃんの金玉袋、さっきよりも垂れてきてるよ。これってもしかして、ちんぽこが小さくなってきたってことじゃない? 金玉袋って、普段はべろんと垂れ下がってるけど、ちんぽこが大きくなると体のほうに持ち上がるんでしょ。たしかにさっきは金玉袋、持ち上がってシュッとしてた。でもいまはお兄ちゃんの腰の動きに合わせてたぷたぷ揺れてるよ。ねえ、本当はもうちんぽこ、勃起が持続できなくて、普通のサイズに戻ったんじゃないの?」
「………………かはっ!」
 俺は射精ができなかった替わりに喀血した。

つづく


ブログクロス連載小説「俺と涼花」第2回

そ
れでも妹はなおもペニスケースを叩くのだった。
 しかし先ほどまでの軽快なリズムとは打って変わり、沈鬱な調子だ。音の低くなったのに合わせて、聡明な妹は咄嗟に曲調を変えたということか。
 だとすればこれは画期的な瞬間なのではないか。本場のペニスケース着用者たち、その中の一部であるペニスケースを楽器として用いる習慣のある部族の男たちにも、ペニスケースの中に納まっているペニスの体積の増減で振動を変え、音色をコントロールするという発想はないはずだ。もしかしたら俺と妹はこのパフォーマンスによって世界の大スターになれるのではないか。何万人もの聴衆を集めたステージで、世界最先端のペニケミュージックを奏でる俺と妹。世界各地で開催するライブでは、いつだって1曲目はその国の国歌でスタートし、観客のハートを一気に掴むんだ……。
 俺のそんな華やかな夢想を、妹のヒステリックな声が引き裂いた。
「やだ! やだやだやだ! こんな鈍い音じゃつまんない! 最初の音に戻して!」
 妹は唇を尖らせて抗議する。しかし抗議のアピールとしてやはりペニスケースを叩くものだから、ペニスケースが乗っている陰茎の根元、陰嚢の上部にペニスケースの開口部の縁がそのつど刺激を与え、血液はますますそこへ集った。だから妹がそうしている限り、ペニスケースが再び透き通った高音を発することはありえない。
「すっ、涼花が、涼花が叩くから、いけないんだぞ」
「もう! なんで妹にペニスケースを叩かれて興奮するの! お兄ちゃんの変態!」
「変態って言うな! 昂ぶるだろ!」
「……最低」
「最低って言うな! 昂ぶるだろ!」
「……きもい」
「きもいって言うな! 昂ぶるだろ!」
「……マジで引くんだけど」
「マジで引くって言うな! 昂ぶるだろ!」
「…………」
「無言で睨みつけるな! 昂ぶるだろ!」
「なんなのもう! なにやったってちんぽこちっちゃくならないんじゃない!」
「うああああっ!」
「えっ、なに、どうしたの、お兄ちゃん?」
 俺はすっかり忘れていた。
 ふつう女の子はペニスのことを「おちんちん」と呼びがちなところを、俺は妹がそれを「ちんぽこ」と呼ぶよう、それが一般的であると勘違いするよう、幼少期から妹の前でそれを口に出すときは必ず「ちんぽこ」と言うようにして、ひそかに矯正し続けていたのだった。その遠大な計画がまさか見事に実を結び、そしてこんな場面でその効果を発揮するとは想像だにしなかった。
「だいじょうぶ? もしかして叩きすぎた? ちんぽこ痛くなっちゃった?」
「うあっ!」
「そんなに? そんなにちんぽこ痛いの?」
「うあああっ!」
 とうとう股間を押さえてうずくまらざるを得なくなった俺へ、妹はなおも声をかけ続けるのだった。
「ごめんなさい。ごめん、ごめんね、お兄ちゃん。ちんぽこ、あんなに叩いて、痛かったよね。かわいそうだね、ちんぽこ。ごめんね、本当にごめんね」
「……いい」
「えっ?」
「いいんだ」
「許してくれるの、お兄ちゃん?」
「すごくいい」
「すごく? すごく許してくれるの?」
「想像してたよりすっごくよかった、ちんぽこ」
「えっ。なに、どういうこと?」
「幼少期から励んできたかいがあった……」
「なにを言ってるの? お兄ちゃん、本当にだいじょうぶ?」
「……ああ。もうでえじょうぶだ。しんぺえすんな」
 俺がおどけて悟空で答えると、妹は「よかった」と言って微笑んだ。そして安心して力が抜けたのか、膝を折ってしゃがみ込むと、目の前に近づいたペニスケースに両手でしがみついた。もはや中身がみっちりと充填された状態のペニスケースはびくともせずに、杭のごとく妹の上半身をしっかと支えた。

つづく

ちんこ契約論

こ
の世でいちばんおもしろいものはちんこなのではないか。世の中におもしろいものは数あれど、どうしたってちんこのおもしろさには及ばない。頭の中をこねくり回し、おもしろさにおもしろさを重ねて、ゴテゴテとおもしろさの牙城を作り出したところで、そのおもしろさはひとつのちんこに負けると思う。そもそも英語のentertainは、ラテン語のante(股間の)+tei(棒)から来ているわけで、それを考えてもやっぱりどうしたってちんこほどのエンターテイナーは存在しないということになる。amazonのドキュメンタルを観てても、芸人たちは結局ちんこを出す。普段コントとか漫才とかがんばって作っているのに、ルール無用で本気で相手を笑わせようと思ったら、ちんこを出すのだ。
 ちんこがどうおもしろいか、具体的なおもしろい要素は、語り出したら取り留めがなくなるので、箇条書きにする。

 ・ぶら下がっている
 ・棒と袋がある
 ・勃起する
 ・皮を被せたり剥いたりできる
 ・縮れた毛が生えている
 ・まんこに入る
 ・袋がしわしわ
 ・色が他の皮膚と較べて濃い
 ・精液が出る
 ・カウパー氏腺液が出る
 ・小便が出る
 ・矢じりの形をしている
 ・サイズや角度に個人差がある
 ・口に入れるのにちょうどいい大きさである

 細かく挙げればまだいくらでもある。男は集えばいつだってちんこの話で盛り上がる。つまり一生かけても語り尽くせないほど、ちんこはおもしろいのだ。
 本当に、人体の一部で突出しておもしろい。2位は女性のおっぱいかなあ、という気がするが、ちんこにはずいぶん水をあけられている。そもそも同じレースに出場するべきではない。レベルが違いすぎる。ちんこだけやけに、あまりにもおもしろく作られている。どんなに悲壮な状況でも、そこに男がいれば、その脚の間にはちんこがぶら下がっている。そう考えれば乗り切れる場面というのが、世の中にはたくさんある。生命の基本は女で、男はおまけのようなもの、という話がある。将来的には男なんてほとんど必要なくなる、なんてことも言われる。別にそれでいい。男がこの世に存在する真の意味は、ちんこがおもしろいという、それだけだと思う。この世界を動かしているルールは、資本主義でもなく、社会主義でもなく、ちんこおもしろい主義なんだと思う。
 ちなみに冒頭のラテン語のくだりは真っ赤な嘘だ。

クリちゃん

ク
リスティアーノ・ロナウドが、先般の試合でゴールを決めたあとに行なった「股間パフォーマンス」のことでFIFAから処分されるかもしれない、というニュースを目にして色めき立った。なんてったって股間パフォーマンスという言葉がいい。一瞬で心を奪われた。
 それで事の経緯を確認してみたところ、チャンピオンズリーグ決勝トーナメントのユベントス対アトレチコ・マドリードの試合で、最初に後者のホームで試合をし(2-0でアトレチコ・マドリードが勝利)、そのときに後者のチームの監督であるシメオネが、まず股間パフォーマンスを行なったのである。そうなのだ。いきなりクリロナがやったわけではないのだ。はじめにやったのは相手チームの監督なのである。映像で見たら、左右の親指と人さし指で輪っかを作り、それで自分のちんこ部分を囲っていた。これの意図について、シメオネ本人が語ったのか誰かが勝手に解釈したのかは判然としないが、「選手の睾丸の大きさ=根性を強調していた」と説明されている。その屈辱的なファーストレグの後、次はユベントスのホームでセカンドレグが行なわれた。この試合でなんとユベントスは、クリロナのハットトリックによって3-0で勝利し、2試合の合計得点を3-2として、アトレチコ・マドリードを打ち破るのである。クリロナのパフォーマンスはこのときに出た。つまりシメオネに対する報復だったのである。
 だからどう考えてもクリロナはあまり悪くないのだが(と言うかハットトリックで逆転とかかっこよすぎるだろう)、そんなことは僕にとってどうでもいい。どちらのチームのファンでもないし、国内外問わずサッカーそのものに興味がない。
 とにかく股間パフォーマンスである。シメオネとクリロナ、両者の股間パフォーマンスを見ていて気になったのは、彼らの股間観の相違である。シメオネのそれが前述のとおり睾丸に主体を置いているのに対して、クリロナのそれは映像で見る限り(股間部までが正面からしっかり映された映像というのはなぜか見つからないのだが)、陰茎を表現している。シメオネは下腹部あたりでのガッツポーズからそのまま股間囲いをしているのだが、クリロナは頭上高くから腕を振り下ろして股間囲いをし、そしてその動きを2度ほど繰り返している。だからクリロナの腕の動きに合わせて、とても巨大に勃起した陰茎の姿がそこには浮かび上がる。クリロナは陰茎派なのだ。
 たしかに股間といえば陰茎だ、と思う。いいや違う、機能として本当に大事なのは精巣を有する睾丸であり、股間の本体は睾丸にこそある、というシメオネ派の主張はたしかにその通りなのだが、しかしそれで睾丸をアピールされたって、それはどうしたって訴求力として弱い。股間というのはそんな風に理屈で捉えられるものではない。どこまでも単純に、「デカいチンポ(陰茎)→テンションが上がる」という、ただそれだけのものだと思う。だから僕はクリロナの表現に賛同する。逆にシメオネはどうした、と思う。シメオネは父系がイタリア、母系がスペインの人物で、自身はアルゼンチン出身の48歳だという。48歳。ちょいワルおやじっぽい外見で、まだまだ老け込んでいない。それなのになぜ陰茎ではなく睾丸だったのか。守備的ミッドフィルダーだったという現役時代のプレイスタイルが影響しているのだろうか。たしかになんとなく陰茎→攻撃、睾丸→守備という感じはある。もっとも陰茎はたしかにそうだが、睾丸は特に守備をするわけではない。
 それにしたってクリロナの巨大すぎる勃起である。クリロナって顔が整っていて筋肉ムキムキで、とても作り物めいている存在だ。ファンだとか心酔しているというわけではなく、とてもフラットな気持ちで、だいぶ神に近い生き物だな、ということを思う。それゆえにきっとクリロナの勃起したチンポって、見てもなんの感動もないだろうとも思う。実際に目にする前から、クリロナの勃起は想像できる。そういう意味で言えば、あのゴールパフォーマンスのとき、我々はクリロナの勃起をもう見ていたのだと思う。そしてクリロナはそれの表面を指で激しく撫ぜていたのだ。
 そんなはずがあるか、いくらクリロナだからってあんなに大きなチンポであるものか、と思われるかもしれないが、チンポって物質界だけのものではなくて、イデア界のそれのサイズとの合計で算出されるものなので、そう考えればクリロナのチンポはたしかにあの大きさになる。ヒトはそもそも霊長類で最大のペニスを持つ生き物だが、クリロナはその中でも最高レベルと言っていい。もっともクリロナはもう80パーセントくらい霊長類の括りから抜け出している存在なので、追放するべきかもしれない。クリロナはイデア界のペニスチャンピオンズリーグにこそ出場するのがいい。
 FIFAがクリロナの処分をするというのなら、その罪状は下品なパフォーマンスで相手を挑発したことではなく、ピッチの上でマスターベーションをしたことだろう。それはいけない。クリちゃん、それはいけないよ。

勃起旅行

勃
起のことについてウェブ上で情報を探っていた。ウェブって自分の興味のある情報を得るための道具なので、どうしたって僕は勃起のことを中心に探ることになる。そして勃起について検索していると、普通に自分の勃起の写真を、とても淡いボカシで公開しているブロガーなんかがわりといて、そんなブログを開いてしまったとき僕はどう思うかと言えば、なんか頭が下がるな、と思うのだった。これまで僕はブログでさんざん勃起について語ってきたが、自分の勃起の写真を撮ってそれをアップするという発想はなかった。参考画像として勃起したちんこの写真を載せれば話が簡単に済んだところを、あくまで言葉で表現しようとした。そのほうが偉いんだよ、なんてことは一切ない。文章よりも画像のほうが偉いし、さらに言えば画像よりも映像のほうが偉い。だってデータ量が多いんだから。データ量は偉さ量。だから画像を載せずに文章でなんとかしようとすることは、勤勉なんかじゃなく、怠惰なのだと思う。自分の勃起写真を公開しているブロガーたちを見て、しみじみとそう感じた。それで、じゃあ今後は反省して勃起の写真を載せるのかと言えば、もちろんそんなことはしない。できない。できない程度の人間、できない程度のブロガーなんでげすよ、あっしは。という引け目を感じながら、これからも文章を書いていくしかない。
 それで、勃起系ブログの人々が、勃起の能力をいかにして高めるかという話題の際、必ずと言ってもいいほどに口に出す言葉に、「PC筋」というのがある。これはペニスから尻にかけてのあのあたりにある筋肉で、骨盤底筋とも言う。これがよく鍛えられていると、体型も崩れないし、尿も漏れないし、なにより勃起の持続力やパワーが増す、という風に言われている。それであの人たちはしきりに「PC筋トレーニング!」と言うのである。かく言う僕も最近それを意識して暮している。効果のほどは知らないけれど。
 それにしたってPC筋とはどういう言葉だ、という話で、気になったのでそれも検索した。そうしたら元は「pubococcygeus muscle」だと判った。どこで区切ればいいのかぜんぜん分からないけれど、なるほどやけにcが多いからPCとしておけば間違いなさそうだな、と思う。しかし発音がまったく分からない。できることなら友達との会話の際、「PC筋がさあ……」ではなく、「pubococcygeus muscleがさあ……」と言いたいものである。それで、こんなときはやっぱり映像様の出番だとなって、Youtubeで検索した。そうしたら外国人がこれについて説明している映像があり、それを繰り返し聴いた結果、これは「プィーボコクスィヅィアスマッスル」と発音するらしいと判った。流麗な発音にはだいぶ練習が必要そうだ。
 しかし新しい言葉を知ることができて、とても勉強になった勃起の旅だった。みなさんもせわしない日常を忘れ、たまにはゆったり勃起の旅に出てはいかがですか。そうだ、勃起しよう。

(ちん)この世の中

ち
んこに関する本を読んでいて、矢じりのような、雁首のあの形は、他のオスの精子を掻き出すためのものであるという記述が出てきて、それはもちろん読む前から知識として知っていたのだけど、今回その情報に接して、じゃあやっぱりちんこは大きいほうがいいんじゃないか、ということを思った。
 たとえば12センチのちんこと、15センチのちんこがあったとして、どちらも膣内射精をしたとして、精子そのものは発射のときの飛距離もあるから、ちんこの物理的な3センチの差はそれほど問題にならない。またたとえ思うように飛ばなくても、精子は自分で進むし、膣には精子を汲み上げる仕組みがあるので、よくある悩み相談の答え風に言うなら、「短小でも問題ない」のである。たしかにそこに12センチと15センチの差はあまりない。しかし精子同士の取っ組み合いの喧嘩になる以前に、子どもの喧嘩に親が出るみたいなもので、精子の母艦であるちんこの雁首が、敵の精子を掻き出してしまうシステムがあるのだとすれば、それはやっぱり12センチよりも15センチのほうがはるかに有利だということになるではないか。だって12センチのちんこから発射された精子を15センチのちんこは掻き出せるけれど、逆はできない。これはものすごいハンデだと思う。精子戦争という言葉があるが、軍事力の差は精子以前、ちんこの段階から歴然として存在するのだ。
 だからやっぱり、ちんこは大きいほうがいい。これはもうどうしたってそうなんじゃないか。女性はよく、男ってなんでそんなに大きさにこだわるのかしら、なんてことを言うけれど、大きければ大きいほど他の男の精子を掻き出せるのだから、ちんこが大きくあってほしいと願うのは、男性の本能的な欲求なのだ。でもだとしたら、女性にとってもまた、大きいちんこは魅力的でなければ理屈にならない気もする。なぜなら大きいちんこの男の遺伝子は、大きいちんこの息子を生む可能性が高く、そして大きいちんこの息子はやがて、他の男たちの精子を掻き出し、多くの遺伝子を残す確率が高いからだ。それだのに、現実には女の子はそんなことを言わない。大きさにこだわる男たちを嘲笑し、「大事なのは硬さ」などと言う。ここだ。ここに、世の中の男女の問題をあらかた解くヒントが隠されているのではないか。
 男は本能的に大きいちんこを追い求め、女の子も本能的にはそうであるべきなのだとしたら、男のちんこはランナウェイ説で考えて、代を経るごとにどんどん拡張していなければおかしい。大きいちんこ合戦を繰り返した結果、未来人のちんこは、脚の長さを超えて、ちんこを杖のようにして歩くようになっているべきだ。未来人とは誰か。古代人にとっての我々である。しかし我々のちんこはそんなことにはなっていない。古代人と較べてどうなのかは知らない。古代人はそもそも栄養事情の悪さから体格が現代人よりも小さかったろうし、なによりここまで何度も唱えている「ちんこの大きさ」とは、もちろん勃起した状態のそれのことであり、現代人のそれの平均も出せないのに、古代人のそれの数値が出せるはずもない(文明以降は絵画や立体造形で表現されているが、創作の中で描かれるそれのサイズが往々にして実体に忠実でないことは言うまでもない)。どちらにせよ、ヒトの男のちんこが歯止めなく大きくなる方向へ進化しているという話は聞いたことがないし、ちんこを杖のようにして歩いている人も見たことがない。
 この理由は、ちんこはちんこだけで成立するものではなく、女の子の膣に入れて使うものだからであり、こういう話題になるとすぐに道鏡が思い浮かぶけれど、ちんこがあんまりにも大きいと、それを受け入れられる膣がない、という困った事態になる。あと先日「夫のちんぽが入らない」を読んだけれど、あれは、夫は巨根だという描写があったものの、互いに別の相手とはセックスができているので、原因はなんだか精神的なもののように思えた。よく知らないけれど。
 それでここからが僕の提唱する仮設なのだけど、女の子側もまた、ちんこの大きい息子を産むために、子作りのパートナーにちんこの大きい相手を選んでいたら、途端にランナウェイが始まってしまい、そうなると女性も膣の形を変えていかねばならず、いろいろ問題が出てくる。そこでその流れを抑制させるために、女の子は男よりもよりエロくできていて、だから男が本能に対して従順(アホ)に大きさを求めるのに対して、女の子は「それよりも大事なのは硬さ」なんてことを言うのではないだろうか。だって硬さは生物の本能とはぜんぜん関係ない。快楽方面にしか作用しない。でもそっちのほうが大事だと女の子は言う。エロエロではないか。頭の中が真っピンクではないか。知っていたけど。女の子って本当に助平なのだ。でもその女の子の助平のおかげで、当世の我々は、ちんこを第三の脚にせずに済んでいる。この世の中は、そんな世の中なのではないかと思う。

35歳まで

先
日35歳の誕生日を迎えて、その前後2日間くらいの、「俺の誕生日祝い期間中」にはぜんぜん思い出さなかったのだけど、そう言えば35歳と言ったらあれじゃないか。
 ちんこは35歳まで大きくなり続ける。
 いつどこで誰から聞いたのか、もうほとんど忘れてしまったが、たぶん一生にいちどしか誰かがそう言っているのを聞いたことがないその情報は、僕という人間の、心の床の間の掛け軸に達筆で記され、ずっと飾られ続けていたのだった。35歳とは、実は僕にとってそんなにも大事な年齢だったのだ。
 もちろん信憑性なんかない。根拠もない。出典も不明だ。ここまで書いて、念のためネットで検索をしてみた。「男性器 成長 何歳まで」で検索をかけて、出てきたそれらしいタイトルのページを開いたら、結局は「ペニスはいつからでも大きくできる! このサプリメントさえあれば」みたいな広告のブログで、これはしばらく僕のパソコンのネットの広告欄が荒ぶりそうだな、と思った。
 そんな広告ブログの、広告に行きつくまでの部分の情報によれば(これまたずいぶん信憑性がない)、「20歳くらいまで」というのが一般的な捉え方らしい(「でもこのサプリメントを飲めば!」と続くわけだけど)。個人差はあるが、二次性徴とか、身長の伸びとか、ペニスももちろんそういうのと連動するので、それらが止まればペニスの成長も止まるのは自明の理、ということらしい。そう言われるとたしかにそうだ。体の発育が止まっているのに、そのあともちんこだけ成長していくはずがない。どんな理屈だ、という話だ(サプリメントを飲むとかは別として)。
 だけど僕はたしかに聞いたんだ。誰かの口から。「ちんこは35歳まで」って。それこそ二次性徴の乍中くらい、高校生くらいのときに。そして高校時代に聞いたということは、この言葉を僕に伝えた相手は、偏差値のとても低い男子校の同級生である可能性が高くなり、その可能性が高くなると同時に、反比例で話の信憑性はどんどん低下してゆくのだった。
 でも考えてみたらおかしな話ではないか。二次性徴のすっかり終わった20代後半くらいでこの話をしたというのなら、35歳までというその年齢に希望が湧いて、この話は「前向きな気持ちになれる話」というカテゴリに入れることができるが、16歳くらいでこの話をされた場合、果たしてどのような気持ちになるのが正しかったのか。16歳にとって35歳はあまりに遠く、そこまでちんこが大きくなり続けると言われても、想像が追いつかなかったろうと思う。その結果、僕のように、これまで特に感情を刺激されることもなく、ただ来たるべきいつかの日のために、書にして、表装をして、心の床の間に掲げ続ける以外にやりようがなかった。こうして考えると、人生の半分以上の年月、僕はこの偏差値の低い、信憑性のない話を、とても大事に守り続けてきたのだな、と感慨が湧く。
 とにもかくにも、かくして僕はとうとう、くだんの35歳になったのである。僕の世界では、このときまで、ちんこは日々、二次性徴以降も大きくなり続けていたということになる。
 実際どうか。
 35歳になったので、いよいよ満を持して、その掛け軸の内容の真偽を質すことができる。
 どうなのか。
 どうだと言うのか。
 そんなの分かるはずないのである。
 だって16歳のときのちんこ、20歳のときのちんこ、25歳のときのちんこ、25歳のときのちんこを、記録もしていなければ記憶もしていない。較べようがないのである。タイムマシンに乗って、それぞれの年代の僕を一堂に会して勃起をさせてみせたら一目瞭然なのだが、でもそんなイレギュラーな状況だと、「純然たる平常な勃起」から逸脱してしまって、やっぱり問題が出てくる。「男性のペニスの平均サイズ」は算出できないというのと一緒で、ちんこの大きさというのは、いつだってスルスルと我々の手をすり抜けていき、実体を掴ませない。だからおもしろい、とも言える。記録を取っておけばよかった、1年に1回、ちん拓でもしていればよかった、とも思うが、そんな風に過去の自分たちのちんこの姿を並べてしまうのなんて、野暮かもしれない。16歳のときには16歳のちんこが、25歳のときには25歳のちんこが、そして35歳のときには35歳のちんこが、いつだっていちばん大きく、愛しく、誇らしい。それでいいんじゃないかと思う。
 35歳までちんこが大きくなり続けるのかどうかは藪の中だが、ちんこに対しての器は、なるほど今がいちばん大きいんじゃないかと思う。大器晩成。高校時代からの長い長い前フリを経て、これはこうまとまる話だったのか。壮大だな。

パンツ!

い
たずら電話のベタなやつで、「パンツ何色?」という問いかけがあるけれど、この年になって、これはなかなかに含蓄のある言葉なのではないかと思うようになった。
 たとえば性欲がどうしようもなく溜まっていて、女性に対してなんかしらのアクションを起したい、女性からどうにかして「女性性」を享受したい、あわよくばその女性性をおかずにして自慰へと突き進みたい、そのように考え、ランダムでかけた番号の電話先に、めでたく妙齢の声質の女性が出たとする。このとき、じゃあ逆に、「パンツ何色?」以外のどんな質問が考えられるというのか。
 僕はいま必死に頭を働かせて考えたけれど、なにもいいものが浮かばない。

 「セックスは好きですか?」
 「経験人数は何人ですか?」
 「いちばんの性感帯はどこですか?」
 「初めてのセックスはいつ? どこでですか?」
 「最近セックスをしたのはいつですか?」
 「好きな体位はなんですか?」
 「ちんこについてどう思いますか?」
 「男性のどこにグッと来ますか?」
 「Sですか? Mですか?」
 「何カップですか?」
 「恋人はいるんですか?」

 また僕が特に、女性を巧みに口説くような、合コン的レトリックを持ち合わせていないということもあり、本当にさっぱりだ。最後のほうなんてただのバスガイドに発情する男子校生である。経験豊富で軽妙にいなしてくれるガイドさんならいいが、まだ日が浅くて本当にムッとしたりする子だと、バスの中の空気が悪くなって、そのあと教師からこっぴどく怒られたりする。そのレベルである。
 それらに較べて、「パンツ何色?」の切れ味と来たらどうだ。電話という、ビジュアル抜きのツールであればこそ、「パンツ何色?」の効果は増大する。だって顔も見えない女の裸なんて、結局どれも似たり寄ったりだ。おっぱいがあって、おっぱいの中心には乳首があって、足の付け根の中央には陰毛が生えていて、その奥には女性器がある。同じなのである。細かい差異は、実際に目にしない限り伝わらない。だからそこを追求したところで、電話の向こうにいる女の生々しさはぜんぜん立ち上って来ないのだ。それに対して「パンツ何色?」は、一気に立ち上ってくる。

 「白地に青のギンガムチェック」
 「ピンク地にライトグリーンのドット」
 「レモンイエロー地に薄むらさきの細いストライプ」
 「穿いてません」
 「淡い橙色を基調にした花柄」
 「水色に白の縁レース」
 「グレーにマイメロディのバックプリント」
 「穿いてません」
 「紺色地に白と赤の小花柄」
 「黒」
 「穿いてません」
 「白地に細かい黒ドットで、中央に赤いリボン」
 「穿いてません」
 「穿いてません」

 この調査を通してとても意外だったのは、女の子はけっこう自宅ではパンツを穿かずに過しているという事実である。あとみんなすごくちゃんと答えてくれることだ。

ちんこ色想い

結
局のところ、ちんこなんだよな、と思う。
 先日読んだ願望小説では、少女たちがちんこに群がって思い思いに舐めしゃぶり、それだけで気持ちよくなった挙句、最終的には全員が放尿していた。
 読んでいて、まさかちんこにそこまでの力はないだろう、と笑い飛ばす気持ちと、いやしかしちんこならあるいは、と思う気持ちが心の中でせめぎ合った。結論は出ていない。30代半ばの既婚者がなにを言っているのかと思われるかもしれないが、快楽もまた脳の伝達なのだとすれば、ちんこのそのもののポテンシャルと言うより、女の子がちんこのことを極限まで愛することで、その状態は発生しうるのではないかと思うのである。そしてそこまで愛される素質があるという点において、やはりちんこは尊いのだと思う。
 ちんこに関して、精子が熱に弱いため男性器はあのように体外に飛び出ている、という説明がなされる。冷静に考えてみたら、本当だろうか、と思う。精子が熱に弱い設定、本当に要る? という話だ。精子はその役割として、精巣から飛び出たあとは子宮の中に突入し、過酷なレースを行なわなければならないのだから、そんじょそこらの熱ではびくともしない強い精子を作るほうに情熱を傾けるべきではなかったのか。
 ところがそんな進化を我々は選ばなかった。精子が熱に弱いからという大義名分の下、男性器をむんずと体外に曝け出した。そこに成功があったし、そして性交があった。藤子不二雄が、「しずかちゃんはお風呂好き」という、本当に何の捻りもない理由付けで漫画のヒロインの裸シーンを多産したのに較べて、これは作戦として一枚も二枚も上手だと思う。「だってほら、俺、熱に弱えから……」と男が弱点をアピールすることで、女の子は許してあげたくなってしまう。弱点とちんこをさらけ出す男子に、女子はとかく弱い。母性本能が刺激されて、大きな愛で包んでやりたくなる。そしてお誂え向きに、女の子はちんこを包むのにちょうどいいものを持っているのだ。ここに神の巧妙さがある。有性生殖の仕組みを作った時点で神はエロい。
 そんな神に愛されたちんこに関して、先日とてもショッキングな記事を読んだ。デザイナーズちんこの技術がそろそろできあがりそう、という記事である。なんかその、そういうサイトに行くとよく広告で出てくる、この薬を飲めばちんこがぐんぐん伸びるとか、そういうんじゃなくて、もうサイボーグ的なアタッチメント的な感じで、既存のちんこを、人工的にデザインされた「すごくいいちんこ」に着け換える、というのである。そういうことが近い将来、可能になりそうだ、というのである。
 それはダメだ、と思った。ピアスだっていい。タトゥーだっていい。僕は自然に反することを即拒否しているわけではない。さらに言えば豊胸手術だって別にやったらいい。でもちんこはいけない。それはあまりにも神を冒涜している。もしも本当に実用化したら、バベルの塔とか、ノアの箱舟とか、たぶんそれぐらいぶりに、神が本気で怒り出すと思う。人類、調子に乗り過ぎだ! と人類はこっぴどく叱られると思う。僕が神ならばやる。そこだけは許せない。頭の左右を刈り上げる髪型とか、重低音を響かせるカーオーディオとか、他にも許したくないことはいくらでもあるが、理想のちんこアタッチメントに較べたらかわいいものだ。これはそれくらい重い罪なのだ。
 だってちんこが自由自在になったら、それは世界が自由自在ということになり、あらゆることのパワーバランスが崩れてしまう。「いいちんこアタッチメント」改造手術が高額なのだとしたら、一部の人間にしかできないことになり、そして一部の人間ばかりがいいちんこになったら、一部の人間ばかりが子孫を残せるということになる。そんなのおかしい。ちんこってもっと、自由で、なんというか救われてなきゃあダメなんだ。ちんこには無限の可能性がなくちゃいけない。だからいいちんこ手術にだけは手を出してはいけない。いけないんだ……。
 いいちんこ手術の技術を生み出した博士は、そう言って息を引き取った。