ブログクロス連載小説「俺と涼花」第2回


れでも妹はなおもペニスケースを叩くのだった。
 しかし先ほどまでの軽快なリズムとは打って変わり、沈鬱な調子だ。音の低くなったのに合わせて、聡明な妹は咄嗟に曲調を変えたということか。
 だとすればこれは画期的な瞬間なのではないか。本場のペニスケース着用者たち、その中の一部であるペニスケースを楽器として用いる習慣のある部族の男たちにも、ペニスケースの中に納まっているペニスの体積の増減で振動を変え、音色をコントロールするという発想はないはずだ。もしかしたら俺と妹はこのパフォーマンスによって世界の大スターになれるのではないか。何万人もの聴衆を集めたステージで、世界最先端のペニケミュージックを奏でる俺と妹。世界各地で開催するライブでは、いつだって1曲目はその国の国歌でスタートし、観客のハートを一気に掴むんだ……。
 俺のそんな華やかな夢想を、妹のヒステリックな声が引き裂いた。
「やだ! やだやだやだ! こんな鈍い音じゃつまんない! 最初の音に戻して!」
 妹は唇を尖らせて抗議する。しかし抗議のアピールとしてやはりペニスケースを叩くものだから、ペニスケースが乗っている陰茎の根元、陰嚢の上部にペニスケースの開口部の縁がそのつど刺激を与え、血液はますますそこへ集った。だから妹がそうしている限り、ペニスケースが再び透き通った高音を発することはありえない。
「すっ、涼花が、涼花が叩くから、いけないんだぞ」
「もう! なんで妹にペニスケースを叩かれて興奮するの! お兄ちゃんの変態!」
「変態って言うな! 昂ぶるだろ!」
「……最低」
「最低って言うな! 昂ぶるだろ!」
「……きもい」
「きもいって言うな! 昂ぶるだろ!」
「……マジで引くんだけど」
「マジで引くって言うな! 昂ぶるだろ!」
「…………」
「無言で睨みつけるな! 昂ぶるだろ!」
「なんなのもう! なにやったってちんぽこちっちゃくならないんじゃない!」
「うああああっ!」
「えっ、なに、どうしたの、お兄ちゃん?」
 俺はすっかり忘れていた。
 ふつう女の子はペニスのことを「おちんちん」と呼びがちなところを、俺は妹がそれを「ちんぽこ」と呼ぶよう、それが一般的であると勘違いするよう、幼少期から妹の前でそれを口に出すときは必ず「ちんぽこ」と言うようにして、ひそかに矯正し続けていたのだった。その遠大な計画がまさか見事に実を結び、そしてこんな場面でその効果を発揮するとは想像だにしなかった。
「だいじょうぶ? もしかして叩きすぎた? ちんぽこ痛くなっちゃった?」
「うあっ!」
「そんなに? そんなにちんぽこ痛いの?」
「うあああっ!」
 とうとう股間を押さえてうずくまらざるを得なくなった俺へ、妹はなおも声をかけ続けるのだった。
「ごめんなさい。ごめん、ごめんね、お兄ちゃん。ちんぽこ、あんなに叩いて、痛かったよね。かわいそうだね、ちんぽこ。ごめんね、本当にごめんね」
「……いい」
「えっ?」
「いいんだ」
「許してくれるの、お兄ちゃん?」
「すごくいい」
「すごく? すごく許してくれるの?」
「想像してたよりすっごくよかった、ちんぽこ」
「えっ。なに、どういうこと?」
「幼少期から励んできたかいがあった……」
「なにを言ってるの? お兄ちゃん、本当にだいじょうぶ?」
「……ああ。もうでえじょうぶだ。しんぺえすんな」
 俺がおどけて悟空で答えると、妹は「よかった」と言って微笑んだ。そして安心して力が抜けたのか、膝を折ってしゃがみ込むと、目の前に近づいたペニスケースに両手でしがみついた。もはや中身がみっちりと充填された状態のペニスケースはびくともせずに、杭のごとく妹の上半身をしっかと支えた。

つづく