ブログクロス連載小説「俺と涼花」第4回


の涙は少しだけ俺の両陰嚢を湿らせ、蒸発する際の気化熱でひんやりとした感触をもたらした。陰嚢を冷やすことは勃起を鎮めるために用いられる手段だが、使われたのが妹の涙ということもあり、突っつかれるようなほのかな疼痛は、またしても易々と快感へと変換され、勃起という焔へ薪をくべるのだった。俺の腐肉という原子炉はメルトダウンを起し、勃起のエネルギーが勃起のエネルギーを生み出す無限の連鎖が幕を開けようとしていた。このままではいつまでもアンダーコントロールできない。
 いっそのこといちど射精してしまおうか。
「いっそのこといちど射精してしまおうか」
 いっそのこといちど射精してしまおうか、と思ったので、そのままの文面を口に出した。腐肉を手っ取り早く小さくし、ペニスケースの音色を再び良くするためには、やはりそれが最善の策だ。
「えっ! ……お、お兄ちゃん、いまなんて言ったの?」
 俺のつぶやきに妹は目を見開いた。
「ちんぽこが大きくなって嫌な音しか出なくなったって涼花が言うから、なんとか小さくしてやりたいんだけど、このままだと昂ぶって昂ぶって埒が明かないから、いっぺんヌいて満足させて萎ませるしかないな、って」
「心の声をミスって声に出しちゃったんだと思ったのに、改めてちゃんと説明した……」
「うん。だからさ、俺、今から射精するよ。そうしたらたぶん小さくなって、涼花の出したい音が出せるようになるから。だからちょっと向うを向いててほし……って、ええぇっ? 手伝おうかって、お前それ本気で言ってんのかよ!」
「えっ? わたしなにも言ってない……」
「おっきくしちゃったのわたしだし、いい音を鳴らしたいのもわたしだし、それなのにそのための作業を一切手伝わないなんて道理に反してるから手伝うよ、ううん、お願い、手伝わせて! ……って、お前、自分がなに言ってんのか本当に分かってんのか?」
「分かんないよ! お兄ちゃん、誰と話してるの? わたしの口、動いてないよ!」
「…………」
「…………」
「……いたっ!」
「えっ?」
「痛い! やっぱ痛い! 涼花に叩かれ過ぎて、ちんぽこ腫れて、痛い! 痛い痛い痛い! まずい! これガチでまずいやつ!」
「えっ? えっ!」
「あー、まいった。詰んだ。あーあー、南無三だ。わからんちんぽこどもとっちめちんぽこだ」
「わ、わからんちんぽこどもとっちめちんぽこ?」
「とんちんかんちん、ちんぽこさん」
「……ねえ、お兄ちゃんなに言ってるの? バカなの?」
「俺はバカじゃない! 俺のちんぽこが涼花の激しくも無邪気な愛撫演奏のせいでバカになっちゃったんだろ!」
「そんな……」
「責任とってよね!」
「急にオネエ口調……」
 妹はもじもじと身を捩らせ、ペニスケースに覆われた俺の腐肉を見やった。妹の頬は赤らみ、眉間には皺が寄っている。世話するべきかどうか、悩みはじめた様子が窺えた。これはもうひと押しだと察知し、俺は下半身を妹のほうに突き出した。
 しかしそれが墓穴だった。
「……あれ? お兄ちゃん、これ」
 妹が俺の股間を指差す。
 その指はペニスケースではなく、その少し下を示していた。
「お兄ちゃんの金玉袋、さっきよりも垂れてきてるよ。これってもしかして、ちんぽこが小さくなってきたってことじゃない? 金玉袋って、普段はべろんと垂れ下がってるけど、ちんぽこが大きくなると体のほうに持ち上がるんでしょ。たしかにさっきは金玉袋、持ち上がってシュッとしてた。でもいまはお兄ちゃんの腰の動きに合わせてたぷたぷ揺れてるよ。ねえ、本当はもうちんぽこ、勃起が持続できなくて、普通のサイズに戻ったんじゃないの?」
「………………かはっ!」
 俺は射精ができなかった替わりに喀血した。

つづく


ブログクロス連載小説「俺と涼花」第2回


れでも妹はなおもペニスケースを叩くのだった。
 しかし先ほどまでの軽快なリズムとは打って変わり、沈鬱な調子だ。音の低くなったのに合わせて、聡明な妹は咄嗟に曲調を変えたということか。
 だとすればこれは画期的な瞬間なのではないか。本場のペニスケース着用者たち、その中の一部であるペニスケースを楽器として用いる習慣のある部族の男たちにも、ペニスケースの中に納まっているペニスの体積の増減で振動を変え、音色をコントロールするという発想はないはずだ。もしかしたら俺と妹はこのパフォーマンスによって世界の大スターになれるのではないか。何万人もの聴衆を集めたステージで、世界最先端のペニケミュージックを奏でる俺と妹。世界各地で開催するライブでは、いつだって1曲目はその国の国歌でスタートし、観客のハートを一気に掴むんだ……。
 俺のそんな華やかな夢想を、妹のヒステリックな声が引き裂いた。
「やだ! やだやだやだ! こんな鈍い音じゃつまんない! 最初の音に戻して!」
 妹は唇を尖らせて抗議する。しかし抗議のアピールとしてやはりペニスケースを叩くものだから、ペニスケースが乗っている陰茎の根元、陰嚢の上部にペニスケースの開口部の縁がそのつど刺激を与え、血液はますますそこへ集った。だから妹がそうしている限り、ペニスケースが再び透き通った高音を発することはありえない。
「すっ、涼花が、涼花が叩くから、いけないんだぞ」
「もう! なんで妹にペニスケースを叩かれて興奮するの! お兄ちゃんの変態!」
「変態って言うな! 昂ぶるだろ!」
「……最低」
「最低って言うな! 昂ぶるだろ!」
「……きもい」
「きもいって言うな! 昂ぶるだろ!」
「……マジで引くんだけど」
「マジで引くって言うな! 昂ぶるだろ!」
「…………」
「無言で睨みつけるな! 昂ぶるだろ!」
「なんなのもう! なにやったってちんぽこちっちゃくならないんじゃない!」
「うああああっ!」
「えっ、なに、どうしたの、お兄ちゃん?」
 俺はすっかり忘れていた。
 ふつう女の子はペニスのことを「おちんちん」と呼びがちなところを、俺は妹がそれを「ちんぽこ」と呼ぶよう、それが一般的であると勘違いするよう、幼少期から妹の前でそれを口に出すときは必ず「ちんぽこ」と言うようにして、ひそかに矯正し続けていたのだった。その遠大な計画がまさか見事に実を結び、そしてこんな場面でその効果を発揮するとは想像だにしなかった。
「だいじょうぶ? もしかして叩きすぎた? ちんぽこ痛くなっちゃった?」
「うあっ!」
「そんなに? そんなにちんぽこ痛いの?」
「うあああっ!」
 とうとう股間を押さえてうずくまらざるを得なくなった俺へ、妹はなおも声をかけ続けるのだった。
「ごめんなさい。ごめん、ごめんね、お兄ちゃん。ちんぽこ、あんなに叩いて、痛かったよね。かわいそうだね、ちんぽこ。ごめんね、本当にごめんね」
「……いい」
「えっ?」
「いいんだ」
「許してくれるの、お兄ちゃん?」
「すごくいい」
「すごく? すごく許してくれるの?」
「想像してたよりすっごくよかった、ちんぽこ」
「えっ。なに、どういうこと?」
「幼少期から励んできたかいがあった……」
「なにを言ってるの? お兄ちゃん、本当にだいじょうぶ?」
「……ああ。もうでえじょうぶだ。しんぺえすんな」
 俺がおどけて悟空で答えると、妹は「よかった」と言って微笑んだ。そして安心して力が抜けたのか、膝を折ってしゃがみ込むと、目の前に近づいたペニスケースに両手でしがみついた。もはや中身がみっちりと充填された状態のペニスケースはびくともせずに、杭のごとく妹の上半身をしっかと支えた。

つづく